徳本 一善TOKUMOTO KAZUYOSHI
広島県の美鈴が丘中学校から陸上を始め、中学3年生で全国大会に出場。
法政大学時代は箱根駅伝で2年時に1区区間賞、3年時には2区のラストスパートで駒澤大学の選手を振り切りトップで中継するなど活躍。
また、自身の代名詞といえるサングラスに派手な茶髪スタイルは、朴訥系の多い長距離界では特異なキャラクターとしてマスメディアが大きく取り上げ、「ビジュアル系ランナー」、「爆走王」などとして注目を浴びる。
現在はモンテローザに所属し現役ランナーを続行する一方、駿河台大学駅伝部監督に就任、指導者として新たなスタートを切った。
また、2012年からニューバランスとアドバイザリー契約を締結。
選手としてまた指導者として活躍が期待されるランナー。
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ラグビー日本代表にみた僕の違和感
15 09/21
href=”http://joggggg.net/blogs/files/2015/09/1424701955573.jpg”>
怪我してやる事と言えばウェイトばかりだった僕です・・・(やっと走れるようになりましたが・・・)
さて本題へ
始めにいっておきたいのはラグビーはすばらしいスポーツである
そしてこの快挙がいかにすごいかはラグビーの知り合いや友達から嫌という程聞かせれそのすごさも知っている
しかしラグビー史上最も番狂わせとスポーツ界をにぎわせている歴史的快挙に酔いしれる中僕はある種の違和感を感じた
おそらく時代の流れがそうなってきているのか?
人種に国境もなければスポーツに国境もなくなっている(ある意味すばらしいのだが・・)
世界大会はもはや自分の好きな国の代表になれる時代がきたのではないのか?
そう思ったのはラグビー日本代表の選手のうち複数に海外から日本代表選手がいたという事だ
この辺の話は、過去に長距離選手が話題になった。ケニア国籍からカタールに国籍を変えカタール代表として出場した選手で長距離界で多くの議論を呼んだ
その時は、国を売ったなどと批判的な話が多かった事を記憶している
今回のラグビーの日本代表はそういった海外の選手が日本の為に戦ってくれたという賞賛の声が多く寄せられている
身近に言えば、最近ではカンボジア国籍に変えた猫ひろしさんも賛否両論議論を呼んだ
もっと突っ込んだ事情を考えれば、自国の代表にはなれないが日本代表ならなれるので日本代表を選んだのではないかとも思えてしまうのです
それはスポーツ選手にとって目的が世界大会に出場する事なのであればそのような考え方にもなると思います
またはケニア選手のように、生活の為に帰化するなどもあるでしょう
海外から日本代表になった選手達の基準は僕には分からない。(帰化しなくても日本代表になれるのか?日本で何年かプレーすればなれるのか?などその辺の事は知りません)
僕の違和感はこのようなところにある。日本代表ってなんなのだろう?と。
この辺の賛否両論の議論をしてみたいなーと思ってます
僕はもし日本代表のマラソン選手が全員ケニア選手になったらと考えるとすごく寂しい気持ちになります
もっと言えば、スポーツ界の日本代表が全て他の国から来た人になればと考えても寂しいですね
しかしもはや日本人という言い方は、この先なくなる気がしてます
それが良いのか悪いのか?は分かりませんがふとそんな違和感を感じてしまいました